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戦犯

皆さん、こんにちは($・・)/~~~

お待たせしました、スミマセンm(__)m

お知らせ通り、今回はリクエスト第4弾「戦犯」についての記事です。

本題に入る前に、今回の記事でちょっと遊んでみたいと思います。
「真面目に」記事を書いてみようかなと(-。-)y-゜゜゜

と言いますのは、このブログでは政治・歴史・時事問題など、ときには小難しい話題を記事にしていますが、その手の話題について書くときは、なるべく口語に近いくだけた文章で書くようにしています。

今回の記事では、いわゆる「硬い文章」で書いたらどうなるのかというのを試してみたいのです。

ここから真面目

 「戦犯」というのは、戦争犯罪人のことを指す。戦争犯罪人とは読んで字の如く、ある特定の戦争の最中に行われた戦時法違反、或いはその戦争そのものに対する責任があると軍事裁判にて裁かれた者のことである。

 太平洋戦争の戦犯たちは、極東軍事裁判所にて裁かれた。容疑をかけられた者たちは、容疑の種類に応じてA級戦犯・B級戦犯・C級戦犯と区分され、それぞれ裁きを受けることとなった。余談ではあるが、世間ではこの「容疑の種類区分」を「罪の重さによるランク付け」と誤認している意見が多数見られ、一部の自称「知識人」の中には、昭和天皇を指して、「S級戦犯」として責任追及すべきという意見を述べる者までもいる。これらは己の無知を喧伝せしめているに過ぎず、同様に彼らの意見の説得力を無きものにしてしまっている。

 話を戻そう。A級戦犯は「平和に対する罪」、B級戦犯は「戦争犯罪」、C級戦犯は「人道に対する罪」に対する責任追及が行われ、結果として一部例外を除いて有罪判決を受けた。これらの判決に対して、「事後法による遡及適応」に当たるとして批判も存在する。

「事後法による遡及適応」とは、「過去の行為に対して、それを罪だとする法を作り、裁くこと」であり、法原則におけるタブーである。分かりやすく例を挙げよう。仮に「歩き煙草」を有罪だとする法律が制定されたとする。この法律が制定された後、歩き煙草をした者が逮捕された。これは特に何も問題はないように思える。しかし、「過去に歩き煙草をしたことがある者全てを逮捕する」と言われたらどうであろう。納得できないはずである。この例から分かるように、「事後法による遡及適応」はタブーとされているのだ。

 ところが、極東軍事裁判ではこの「事後法による遡及適応」が行われた。このことのバックグラウンドには、政治的意図があり、「世界に甚大な惨禍を招いた世界大戦は、日本・ドイツなどの敗戦国によって引き起こされたものであり、連合軍はこの戦犯国を叩きのめした正義の国々である」ということを示す裁判であったからだ。ドイツの戦犯を裁いた「ニュルンベルク裁判」も同様である。

 さて、以上が「戦犯」に関する概略であるが、まずはこのブログに寄せられたリクエスト内容を見ていただきたい。

<犯した罪に応じて罰をうけたはずのいわゆる「戦犯」と言われる人たちがいまだに諸外国から悪人として扱われている現状をどのように考えてみえるか?>

 なるほど、確かに諸外国の人間に聞けば、東条英機といえばヒトラーに並ぶ極悪人であり、その他敗戦国の戦犯たちは未だ芳しくない評価を受けている。外国の人々ならずとも、国内の日本人でさえその様に考える人々はいる。質問してくださった方は、そのような状況を見て、おそらく歯がゆい思いをしているものと推察する。

 ここで一度、「戦犯」ではなく一般的な犯罪者について考えてみたい。仮にある殺人を犯した犯罪者がいたとする。その犯罪者は裁判にて懲役10年の判決を受けた。そこで彼は10年の懲役に服し、何事もなく出所した。この時点で、彼は法的には犯罪者ではなくなったわけである(前科者ではあるが)。しかし、世間は彼を「犯罪者」として見るだろう。再就職には苦労し、それどころか殺人の前科持ちと知ったら近づく人さえいないかもしれない。彼は法的制裁とは別の社会的制裁を受けるわけだ。

 ここで戦犯に話を戻そう。処罰を既に受けたはずの戦犯たちが未だに悪評を受けている原因は、この社会的制裁にある。確かに戦犯たちの法的な罪は処罰によって解消された。しかし、「世界大戦を引き起こしたという悪評」は消えないものであり、それこそが彼らに対する社会的制裁なのである。

 おそらく、こんな批判が飛んでくるはずだ。「敗戦国の人間だけが世界大戦の原因ではなく、戦勝国側の人間にも責任はあったはずだ」と。その通りである。一方の陣営のみによって戦争は引き起こされたわけではなく、連合国側にもその責任の一端は間違いなくある。

 そもそも、連合国による戦争犯罪も行われたことは今では知られていることである。ソ連による「カティンの森事件」なり、アメリカ軍による「原爆投下」なり、ベルリン陥落後の連合軍兵士による略奪・暴行なり、多くの事実が暴露されている。しかし、「犯罪が行われた」ことと「犯罪が裁かれること」は必ずしも直結しない。例え、連合国側による戦争犯罪があったとしても、それは裁かれなかった。

 敗戦国と戦勝国、等しく戦争犯罪を犯したが、なぜ片や裁かれ、片や免罪されているのか。答えは至極簡単である。「戦争に勝った」者と「戦争に負けた」者であるからだ。「勝てば官軍、負ければ賊軍」、何百年も昔から言われてきたことである。道理はどうあれ勝った側が正義なのだ。残念ながら、それが戦争というものの現実であり、おそらく今後もそれは変わらないであろう。今なお、非難される戦犯たちが犯した最も大きな罪、それは「戦争に負けた」ことだ。

 そして、「戦犯の国際的不名誉を回復すること」は今の日本にとって何のメリットもないどころか、国際的非難などのデメリットを招く。もしも、戦犯たちが真の愛国者なのであれば、「自分たちの国際的名誉回復は必要なし」と言うであろう。

 歴史的に悪名を受けた人物が再評価を受けるのは、その人物が生きた時代より遥かに未来であると相場が決まっている。なぜならば、その人物が悪名を受けていること自体にメリットを感じている存在が居る限り、それは難しいからだ。悪名を受けた人物が、今でいう戦国武将の様に、歴史上の登場した人物の一人に過ぎなくなったとき、改めてその人物に対する公正な評価が下される。

ここまで真面目

ウハッwwなんだこの文章はwww息が詰まる(笑)

やっぱりくだけた文章の方が書いてて面白いですね\(◎o◎)/

とは言え、「戦犯」に関する考え方は本当に色々ありますので、私の意見は「ふ~ん、お前はそういうふうに考えるんだ」程度に思っといてください(@_@;)

今回はここまででです($・・)/~~~

ではではノシ
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