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ベジタリアン分類

皆さん、こんにちは($・・)/~~~

なんだか巷でこんな話題が世間を賑わせているようなので、若造も便乗して記事を書いてみたいと思います。
「スポーツ報知 1月25日(土)7時6分配信」

ファミリーマートは24日、28日に発売予定の「ファミマプレミアム黒毛和牛入り ハンバーグ弁当~フォアグラパテ添え」(690円)の発売を中止すると発表した。

 一部消費者から「フォアグラは残酷な食べ物だ」との指摘が22件あったため。同社は「日本ではフォアグラは一般的な食材だが、諸外国におけるフォアグラに対する見解の違い、生産過程などを踏まえ、総合的に判断し、発売を見合わせた。不快に思われた方には申し訳ない」と謝罪した。

 同社によると、10日に高品質志向の消費者向けにフォアグラやトリュフといった高級食材を使った弁当などを発表。全国約1万200店舗で発売する予定だった。だが、11日以降、一部消費者からフォアグラを食材とすることに疑問を呈する意見がメールなどで寄せられたという。

 フォアグラはガチョウやカモなどに大量のエサを食べさせ、脂肪肝の状態にした肝臓で、フランスが最大の生産国。ただ、動物愛護団体などは人工的にエサを大量に与える行為が「動物虐待にあたる」と指摘。一部の国のスーパーやレストランでは、フォアグラの取り扱いを中止する動きも出ている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140125-00000038-sph-soci
http://www.family.co.jp/company/news_releases/2014/140124_01.pdf

どうやら、ファミリーマートで発売が予定されていた「フォアグラ」を使った弁当が、発売中止になったようです。その理由というのも、動物愛護団体が「フォアグラは残酷な方法によって製造されている」として抗議したのが原因の模様。

そうそう、フォアグラって脂肪肝にしたガチョウの肝臓なわけですけど、どうやって作られているか知ってます?? 結構、残酷な方法で作られているのですよ(-_-;)

ガチョウを脂肪肝にしなければならないので、無理やりエサを口に流し込むのですよ。しかも、運動をしてもらっては困るので、身動きが取れないほど狭いケージに押し込められています。

↓動物愛護団体が作成した動画は刺激的過ぎたので・・・


さて、この騒動を踏まえて、今回は「動物を食べること」について考えてみたいと思います。最初に結論を申し上げますと、私は「動物を殺し利用するのは悪ではない」と考えています。

世の中には「ベジタリアン」という人たちがいます。動物由来の食物は避けて、植物由来のものを優先的に食べる人たちのことです。いやはや、若造も不勉強なもので、ベジタリアンにも色々分類があるようなのです。最初に貼った画像をご参照ください。

どうやら、果物しか食べないフルータリアンまでいるそうで、体の健康は維持できるのかと疑問に思ってしまいますね(^_^;)

そもそも、なぜ彼らが動物性の食物を食べないかと言うと、端的に表現すると「動物が可哀そうだから」です。人間の私利私欲で動物を殺傷し、その肉を食うのは間違っていると彼らは考えているわけですね。

なるほど、確かに人間は動物を家畜化し、その肉あるいは乳、あるいは毛皮などなど様々な恩恵を受けています。また、自然界の動物を銃殺し、上記の恩恵を得ることもあります。残酷だと考える人がいるのも理解は出来ます。

ここで、少々見方を変えまして、「人間と自然の関係」について考えてみたいと思います。私はベジタリアンの方々の考えの根底には「キリスト教的自然観」があるのだと考えています。

キリスト教的自然観…自然は人間のために神が創造したものであり、人間はその自然を支配するものだという考え方。旧約聖書の創世記にその記述が見られる。

キリスト教的自然観では、「自然」は「人間」よりも格下の存在であります。皆さん、考えてみてください。我々が同情を感じるのは常に格下である存在に対してなのですよ。金持ちが貧乏人を「金を持っていない」と憐れむことがあるかもしれませんが、貧乏人が金持ちを「金を持っている」と憐れむことはありません。

「いやいや、金持ちが金で自滅することもあるから、可哀そうに思うこともある」という人もいるかもしれませんが、それは「金を破滅をもたらしうる存在」だと考え、「破滅をもたらす金をたくさん持っている金持ち」をやはり格下だと考えているからに他なりません。何かに対して同情を感じるというのは、優越感を感じていることと表裏一体なのです。

一方で、日本人が元々持っていたと言われるアミニズム的自然観は異なります。
※アミニズム=自然崇拝。日本人は昔から自然を畏敬し、祭ってきた。

アミニズム的自然観…人間は自然と共生しており、人間という存在は自然の一要素でしかない。

アミニズム的自然観によりますと、人間が動物を食べるのは、ライオンが動物を捕食するのと何も変わらないわけです。他の動物を食べなければ生きられないのだから、食べて何が悪いの??という感じです。

私はどちらの考えが優れているとか言いたいわけではありません。結局は、「動物を利用する」ことを「悪」とするかどうかは価値観の一つに過ぎず、またどちらが絶対的に正しいということはないと言いたいわけです。

そもそも、自然観だけではないですよ。

例えば、よくやってる動物もののテレビ番組を見ているとします。その番組内で「動物の親子」特集ってあるじゃないですか?? その中で、ライオンがシマウマを狩りで捕らえました!!

その特集が「シマウマの親子」特集だったら、こうなりますよね↓
「ああ、シマウマの子供が!!」「可哀そう・・・」「ライオンうぜ~な!!」

その特集が「ライオンの親子」特集だったら、こうです↓
「やった!!捕まえた!!」「子供たちが飢えなくて済むね!!」「ライオン足はえー!!」

どちらの視点に立つかによって感想がコロコロ変わります。そんだけ人間が感じる「憐れみ」なんてのは曖昧なものだということです。

もう一度、言っておきますが、私は別にベジタリアンの人たちを否定しているわけじゃないですよ。その考えは尊重しますが、絶対視して他の誰かに押し付けている現状が許せないだけです。

菜食主義の究極系、フルータリアンがなぜ果物だけを食べるかと言いますと、彼ら曰く「果物は植物が他の動物に食べられるために作っているから食べてよい」そうです。この考えを聞いて私がすかさず思ったのは、「いやいや、果物は子孫を増やすことが目的で、食べられるのはその過程だろ。フルータリアンが果物を食べても、植物の子孫は増えないから、結局は植物の意思を反映できていないではないか」でした。

結局はどんな考え方も否定することは出来るわけです。お互いの考えを頭ごなしに否定し合うのではなくて、尊重し合うしか共存の道はないですよ。誰かに自分の考えを無理強いしても、逆に反発に遭うだけです。シーシェ○ード!!お前のことだよ!!(゜_゜>)

実際に、今回のファミリーマートの決定には多くの反論が出ているそうで、ネット上では動物愛護団体への異論が多く見受けられます。ちなみに私の考えは、「生きることは他の生き物を犠牲にすることだ」ですので、肉も魚も野菜も食べます。


さて、今回はこんな感じでどうでしょう(笑)
あれですよ、このブログの記事は浅学非才な若造の個人的な意見で構成されていますので、ベジタリアンの方は怒らないでね(^_^;)

ではではノシ
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