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シュール歴史

皆さん、こんにちは($・・)/~~~

更新が一週間も滞ってしまいました。
ちゃうねん・・・忙しかったんや・・・こんな若造でもやることあるんや・・・
それでも一定の訪問者がいらっしゃったことに感謝感謝!!

お待たせしちゃった分、本腰入れて記事を書きましょうぞ!!

と言うわけで、今回は一週間も放置してしまったリクエスト、「歴史」をどう捉えるべきかを考えてみましょうか!! リクエストをくれた方、ゴメンナサイm(__)m

さてさて、皆さんは「歴史」とは何だとお考えでしょうか??

日本の歴史教育では、「歴史」をどう捉えるべきかを考える機会が無いような気がします。

「歴史」は大雑把に分けて二つに区分出来ます。
①現実に存在する「もの」の時間的変遷
②「①」を対象化し、記述・記録したもの

我々が一般的に学んでいる「歴史」は主に②となります。

分かりずらい?? 私もそう思ったので、具体例を一つ。
<例>
①:ある若造の一日=起床→朝食→外出準備→最寄り駅まで歩く→電車に乗る→横須賀へ行く→海上自衛隊での講習→……→居酒屋で打ち上げ→横須賀駅まで歩く→……→入浴→就寝準備→就寝
②:若造の日記=今日は横須賀の海上自衛隊を訪ねて、講習を受けた。横須賀地方総監にお会い出来て光栄だった。体験搭乗した護衛艦むらさめは非常に興味深いものだった。

①は「実際に若造がその日に具体的に何をしたのか」であります。
②は「その日の出来事を若造が日記として記述したもの」であります。

実際に体験した若造以外が、若造のその日の出来事を知るには②の日記を読むしかありません。しかし、日記には海上自衛隊研修のことは書いてありますが、「朝食に何を食べたか」や「講習後の打ち上げ」については何も記述されていません。すると、若造の朝食や打ち上げのことは、他の人にとっては無かったも同然の出来事となるのです。

ゆえに「歴史」とは、「誰かが残した資料や痕跡を解釈したもの」だと言いかえることが出来ますね。

さてさて、「歴史」とは「我々の解釈」だということが分かりました。


では、次はいったい「誰が」解釈するのかという話になります。
ここで面白いのが、誰が解釈するのかによって「歴史」というのは大きく変化するという点です。

例えば、「ナポレオン・ボナパルト」という誰もが知る人物がいます。
彼が為したフランス革命からのヨーロッパ席巻は…
フランス人から見れば、「フランス人の国民的英雄」でありますが、
イギリス人やオーストリア人、ロシア人など周辺国家の人からは「許されざる侵略者」として見られているわけです。

さらにさらに、国家だけでなく…
法学者から見たら、「ナポレオン法典」が際立って見えますし
政治学者から見たら、「国民国家の創立者」という点が取り上げられます。
軍事研究家だったら、「三兵戦術」や「国民軍」に注目します。

つまり、何が言いたいのかといいますと、普遍的な「歴史」など無いのです。

「歴史」とは実際に起こったこととは限らず、さらに解釈する人によって姿を変える蜃気楼のような「曖昧さ」を有しています。この「曖昧さ」があることは実にやっかいなことです。

それは曖昧である「歴史」を「道具」として利用できるということです。何の道具かと言いますと、利益を得るための道具です。

我々、日本人ならばこの「歴史」の「道具化」というのは身近なことであると思います。日本は「歴史問題」というものを抱えています。

太平洋戦争時の「歴史的」出来ごとの賠償に関する問題です。中国との間には「南京大虐殺」等に関する歴史問題がありますし、韓国との間には「慰安婦」に関する歴史問題があります。さらに国連規約に日本を敵国だと定めた「敵国条項」があることも歴史問題だと言えます。

これらの歴史問題は、「歴史的」問題であるがために曖昧であり、議論が紛糾しているわけです。個々の個人の思いは別として、国家は少なくともこの歴史問題を「国益のための外交カード」として扱っています。

外交カード、つまりは道具です。「道具」としての「歴史」では、上記の①という意味の歴史はどうでも良いことです。いかに自国(自分)に有利な歴史解釈を国際的に承認させるかという一点に全てがかかっています。

是非、このことを皆さんに分かっていただきたい。南京大虐殺が起こったとされる当時の南京の人口が20万人で、中国が主張する虐殺被害者数が30万人であり、矛盾するだとかそんなことは中国にとってはどうでも良いのです。大事なのは、ただ「利用できるか」どうか、その一点のみであります。

いくら尖閣諸島が歴史的に日本が領有していた証拠を中国に提示しても、むこうはそんなものはどうでもよいのです。だって、事実なんかに興味は無い、ただ「利用できる」から主張するのみであります。

要するに、これら歴史問題を解決する手段は、「相手の主張に反する資料を提示すること」ではなく、「歴史に絡む主張をすることが相手国の国益に繋がらない状況を作る」ことです。

ここで、このブログに書き込まれた質問の一部を貼ります↓↓

「朝鮮史」の内容がどうも薄いなと。どうやら"まだはっきりしない部分が多い"...ということのようなのですが、やはり世界に開かれないと、国の歴史を掘り下げることすらままならないものなのでしょうか。それとも、歴史も含めた国内情報に、流出規制がかかっているだけ...?
長くなりました。
各国にはそれぞれに、例外なく誇るべき歴史があって、どんなに糞な現代情勢でも、先人が成してきたものは代わりない。世界中に広く周知されるべきと思ったのです。
「朝鮮史」については、単純に金銭的な問題ならば、大いに勿体無い話ですが;
若造さん、どう思われますか?


このコメントをくださった方は各国の歴史を調べていくうちに朝鮮史の不明確さに気付いたそうです。古代・中世朝鮮の史跡が多い北部が北朝鮮であることが、朝鮮半島の歴史があまり研究出来ていない原因の一つでありますが、もう一つの理由は韓国の「歴史問題」があると若造は考えています。

「独立国家であった朝鮮国家を、日本が侵略して主権を剥奪した」というのが、韓国・北朝鮮の主張であります。今日、少なくとも中国に残されている歴史的書物によれば、朝鮮国家は中世以来、何百年もの間、中国の歴代王朝の隷属国家であったとされています。

この「隷属国家」であったという「歴史」は、現在の北朝鮮・韓国の主張と喰い違い、現在の国益に反する事態を招きかねません。ゆえに発掘に乗り気ではないのだと思います。

私はこの「歴史の道具化」を批判する気はありません。現在の国際秩序を形成した第二次世界大戦の敗戦国である日本は「歴史の道具化」のターゲットとなることが多いですが、逆に戦勝国だった場合でもやはり「歴史の道具化」を利用していたでしょう。

正直、歴史を利用するのは非常にメリットがあるやり方ですので、もしも若造が政治家だったら利用するのだと思います。

大切なのは、「歴史問題」の本質が何であるのか、どのように対処すべきなのかを為政者が理解していることであり、我々国民が理解していることであります。

ピンポンパンポーン:今回の記事の「歴史」は「国家」を主体として考えています。歴史的事象に思いを抱いている個々人はこの限りではありません。


今回はこのへんで($・・)/~~~

ではではノシ
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